県庁所在地、その名も「津」【後編】

前回何も考えずに、ただ気持ちいいというだけで鈴鹿川を上ってきてしまいましたが、気付けば上り過ぎて道がありません。

 

…やってもうた(´・ω・`)

 

かといって引き返す気にもなれず、関宿から津に抜けれそうな道を探します。

ここからだと大和街道1)大和街道は関の西の追分で東海道から分岐し、三重県を抜けて奈良へと続き、木津川の水運につながり淀川を経て京都・大坂へと人々を導いた重要ルートです。また、大海人皇子が壬申の乱の折に、源義経が木曽義仲を討つ折に通ったと言われ、また大和地方諸国の大名が参勤交代に利用したなど、古い歴史を持つ街道です。を通って伊賀

安易な気持ちで大和街道に向かって走り出します。

 

少し走ると、なにやら目を引く看板のお店が。

やたら広い土地の奥に「びっくりや

見渡すと

同じ敷地に、朽ち果てそうな「やすらぎ」発見!

びっくりや」からの「やすらぎ

アリだな。

少しニャリとして通過します。

 

暫く走ると道幅が段々と狭くなり、やがて峠道に。

よくよく考えれば、三重は西の方角に鈴鹿山脈があり、ほとんどの道が峠道。

もう距離的に引き返せないところまで来てます。

必死に峠道を登ります。

あんなに大きかった川も今では小川です。

疲労で少しおかしくなりながらも、なんとかてっぺんらしき所まで登ります。

採掘場。なんだか山頂ぽく見える。

 

やったー!ここから下りだー!

 

しかし、ある大事なことを見落としていたのである。

そう、鈴鹿山脈

山は一つではないのだ!

一つ山を登っては下り、又登り、下り、登り下り……死ぬ!

時速は9km

もう、これ以上軽いギアはありません。

そんな時に一筋の光が!

伊賀市の看板が見えたのです!

やったー!あと少し!

ものすごい勢いで下ります(最高時速51kmでした)

ずっと下りが続くので気持ちに任せて走ってると、何時間か振りの民家が見えてきました。

町の道を走っていくと、やたら綺麗な瓦葺きの屋根が見えます。

近づいてよく見てみると

伊賀の保育園でした。

異常に広い敷地に、建物が伊賀風です。

そのまた近くに

小学校も。ここも伊賀風。

さらに走ると

平田宿の案内板が。

む、東海道ではないな…

調べてみると、伊賀街道2)伊賀と伊勢を結ぶ伊賀街道。その宿場の名残を今に伝える平田宿は、平松宿(ひらまつじゅく)と同じく藤堂藩が公用荷物の運搬のため領内の主要街道に設けた宿場で、上柘植(かみつげ)・佐那具(さなぐ)・島・原(しまがはら)・簗瀬(やなせ)・阿保(あお)・上野町とともに、伊賀八宿と呼ばれていました。村の中心部にある街道筋の面影の残る通りで、「植木神社祇園祭」の舞台となっています。

なんだか、とんでもない所まで来てしまいました。(´・ω・`)

迷子もここまでくれば立派だと褒めてくれることでしょう。

 

やばいよ!やばいよ!

出川の気持ちが分かります。

 

ここから津に行くとなれば、青山峠か!

ぐはっ!

フラグが立ちました。

もうモチベーションが上がりません。

しかし、何もせずに帰るわけには…というか、峠はもう嫌だ。

 

前も後ろも峠しかありません。

時間は、お昼間近。

津に着いたら食べたいものを検索してたのを思い出します。

そう!オイラは津ギョウザを食べる!

スタミナは限りなくゼロなのですが、食欲が勝りランナーズハイ状態に。

津ギョウザの事しか考えずにひたすらペダルを漕ぎます。

幸い、この青山峠はそれほど傾斜が無く道幅も広く走りやすかったので、ほとんど休むこと無く走破!

 

津ギョウザ丼なるものが食べられるという「いたろう」に到着です。

着いたのはいいのですが、なにやら不穏な感じが…

どーん!

笑うセールスマンです。

おかしくなってます。

イベント出店って何だ!オイラの為に一杯作ってくれぇぇぇぇ!

桑名に続き、ここでも崩れ落ちました。

 

しばらく放心状態でしたが、気を持ち直し、この近くで津ギョウザが食べれる所を検索します。

頼むあってくれ!

満身創痍で行き倒れ寸前なので祈る思いで探します。

 

すぐ近くにあった!

 

漕ぐ気力もなく、Prestoを押しながらその店を目指します。

 

津ギョウザが食べられるという「氷花餃子

町並みから少し浮いた佇まい。普段なら少しためらうような外観ですが、そんな事を気にしている気力はありません。

ヘルメットも取らずに、そのまま入店。

店内にいた中国人らしき店員さんは少し驚いていますが、気にする余裕もなく広いテーブル席に倒れ込むように着席。

血に飢えたオオカミのように目を輝かせて、メニューから津ギョウザの文字を探します。

あった!

む、セットがあるな。

津ギョウザセットと、麻婆豆腐

スタミナに飢えた口が滑ります。

 

まず最初に来たのが麻婆豆腐!

山椒が効いてて本格派!うまい!

そして津ギョウザセット!

津ギョウザが思ったより大きくて、さらにはラーメン、チャーハン…食べきれるだろうか…。

まずは、津ギョウザをパクリ!

揚げギョウザになっているので、肉汁たっぷりで具沢山!やばし!うまし!

最初は食べきれるだろうか?と思っていましたが、いざ食べだすと、頭の中で「孤独のグルメ」のあの音楽が流れてくるではありませんか。

気分は井之頭五郎

一気に食べ進め、完食!

我ながら恐ろしい食欲。

 

お腹の方はこれで落ち着きましたが、もう帰りたい。。。

時間も14時を回っており、今からヘリテージカードという気分には到底なれません。

体力も、帰りのことを考えればギリギリ。(近くだから大丈夫だろうと輪行袋は持ってません)

帰りは大人しく海沿いの平坦な道を通り、帰路に着きました。

この日の走行時間10時間、走行距離111km、高度上昇760m(ちなみに美濃の時は294m)

新記録達成!よく生きて帰れたものだ。。。

 

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脚注   [ + ]

1. 大和街道は関の西の追分で東海道から分岐し、三重県を抜けて奈良へと続き、木津川の水運につながり淀川を経て京都・大坂へと人々を導いた重要ルートです。また、大海人皇子が壬申の乱の折に、源義経が木曽義仲を討つ折に通ったと言われ、また大和地方諸国の大名が参勤交代に利用したなど、古い歴史を持つ街道です。
2. 伊賀と伊勢を結ぶ伊賀街道。その宿場の名残を今に伝える平田宿は、平松宿(ひらまつじゅく)と同じく藤堂藩が公用荷物の運搬のため領内の主要街道に設けた宿場で、上柘植(かみつげ)・佐那具(さなぐ)・島・原(しまがはら)・簗瀬(やなせ)・阿保(あお)・上野町とともに、伊賀八宿と呼ばれていました。村の中心部にある街道筋の面影の残る通りで、「植木神社祇園祭」の舞台となっています。

2 件のコメント

  • 津ぎょうざ、食べたいと、「散策ポタ」の下調べ中で…

    ストライダー積んで

    金沢からだと、日帰りでわ無理だしー

    参考にさせて頂きました、来る、三重散策ポタの為に

    • こんばんは、蚊取りです。

      津ぎょうざを食べるならセットよりも単品の方がいいかもです。
      「氷花餃子」さんの津ぎょうざは、大きいので調理に時間がかかると言われ、すべて揃うのに結構時間がかかりました。
      常連さんらしき人達は、単品で津ぎょうざを注文して、その他に麻婆豆腐、お店の名物らしき店名にもなっている「氷花餃子」などを注文していました。
      「氷花餃子」は大きな羽餃子で、とても美味しそうでしたよ!

      散策されるなら、以前紹介した「桑名」もオススメです。

      是非、津ぎょうざ召し上がってくださいね^^

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