梅雨の旅ポタは豪雨に御用心。その2【嵐の明石編】

前回、明石を目前にしてゲリラ豪雨に見舞われ戦意を喪失したオイラ。

どうなるこの先、どうなる豪雨、どうなるオイラ(´・ω・`)

 

一向に止む気配のない雨。

しかし唯一の救いは海の方が少し明るいこと。

一時は、近くの駅まで移動して神戸まで行こうかとも考えましたが、雨がやむ方に賭けてみることに

またもや有りもしない念力を送り続けます。

 

ふぬぅぅゔ

 

トイレも我慢してたので、色んな物が出そうです(´・ω・`)

すると、雨がやんでいくではありませんか!

すっかり雨もやみましたが、路面は超ウエット。。。

オイラのPrestoに泥除けというナイスな装備は付いていません。

少し考えて

 

えい!

 

そんなこと小事!とばかりに走り出します。

その後は雨が振らなかったので、水溜りを避けながら明石に到着!

時間はお昼前でしたが、念力の使い過ぎのせいか、空腹で倒れそうです。

明石に来たら食べる物はコレしかありません!

 

そう明石焼き!

 

実は、これだけは外せないと事前に調べていた「きむらや」さんへ

老舗だけあって味のあるいい店構えです。

入り口には順番待ち用の椅子がありますが、この日は平日の昼前なので待たずにいただけそうです。

Prestoをお店の前に固定し、入店。

店内もいい味出してます。

店員さん「空いてる席に座ってくださいね。あと一枚焼いときますね」

???

矢継ぎ早に言われ少し混乱しましたが、空いてる席を見つけ着席。

メニューを見ると、明石焼きと、おでんしかありません。

明石焼きやさんに来て明石焼きを食べない人はいない。

納得。

しばらくして念願の明石焼きが運ばれて来ました。

初めてみた人はこの板に乗ったタコ焼きに驚くかもしれませんが、これが本場の明石焼きスタイル。

板も年季が入ってます。

食べ方は、お出汁につけて食べるのですが、店員さんいわく昔ながらの塩で食べるのもいいですよ!と言うので、一口目は塩で食べてみました。

すると、明石焼きの香ばしさが引き立ってうまい!

いつもお出汁ばかりでしたが、これはイイ!

色んな食べ方ができる明石焼きの懐の深さに感動します。

次は、いよいよお出汁につけていただきます。

このお出汁、上品に少しだけつけるのではなく、ガッツリつけて、なんならお出汁ごと明石焼きを飲むぐらいの勢いでいただきます。

これは常識。

昔、関西の知り合いに教えられました。

その証拠に、お店のあちこちでお出汁のおかわりをしています。

店員さんも「お出汁のおかわり言ってくださいね」と勧めてくれます。

ペロリと一枚平らげて、2枚目を頼もうかと思って周りを見ると、満員になってて焼くのが追いついてない模様。

また豪雨になられても困るので、先を急ぐことにしました。

とっても美味しい明石焼き。またいつか来たいなと思いながらお店を後にします。

 

次に向かうのは明石城!跡。

天候を気にしながら移動します。

そして到着。

櫓が2つ見えます。

近づいてみると

櫓はあるのですが、やはり本丸は形跡すらありません。

桜の名所らしいので、春に来ればとてもいい景色が見れると思います。

そういえば、オイラの実家は松坂にあるのですが、そこにある松坂城跡もこんな感じでした。

当時は迷走してて、石垣の上に動物園や、リアルな恐竜のオブジェがあったりと今じゃ考えられない黒歴史のある松坂城跡。

今は綺麗に整備されてて、桜の名所になってます。

オイラはその動物と、恐竜と、菜飯、田楽目当てでしたが(´・ω・`)

 

石垣はとても綺麗なので、なんとかそこで一枚取ろうと徘徊します。

ぐぬぅ。これが限界。

下に降りると、日時計のようなものを発見。

恐竜のオブジェじゃないだけまだいいか。。。

明石城を後にします。

 

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雨こそ降っていないが、天気は刻一刻と変わりつつあります

先を急がねば!

海沿いの道を勢いよく走り抜けます。

すると、いかにもインスタ映えな建造物が!

 

さっそく下に降りてパシャリ!

そう明石海峡大橋!

明石海峡大橋の雄大な姿に見とれていましたが、嵐が近づいているせいか、すごい風です。

姫路方面はもう真っ黒。

強風に飛ばされないようにPrestoを度々支えながら、橋の下パシャリ!

 

反対側に出ると、お洒落な洋館が見えます。

後で調べたら旧武藤家別邸洋館1)旧武藤家別邸洋館は1907年(明治40年)、実業家で衆議院議員も務めた武藤山治(1867年 – 1934年)の別邸として、舞子海岸の有栖川宮別邸(現舞子ビラ)近くに建設された木造二階建の円形バルコニー・スレート葺の屋根・下見板張りの外壁が特徴の洋館。大熊喜邦による設計は北野町の異人館と同じコロニアル様式を基礎にデザインされ、海側に広く張り出す円形ベランダを外観上の特徴としている。武藤山治逝去後の1937年(昭和12年)には鐘淵紡績に寄贈され、「鐘紡舞子倶楽部」と命名され企業の厚生施設として利用されることになる。という建物らしい。橋と洋館のビジュアルがなんとも美しい。

しばし洋館に見とれてると、雨か、波しぶきかわからないようなモノが顔面に打ち付けてきます。

 

ヤバイ!

 

こんな所で豪雨にやられたら死んでしまいます(´・ω・`)

 

急いで上に上がり、神戸方面を見ると、神戸の方は雲が切れて明るいではありませんか!

次第に雨は強くなりつつあるのですが、神戸方向に進むと、少し弱くなります。

 

こ、これは!

 

ゲリラ雲と勝負です!

 

負けぬ!濡れぬ!省みぬー!!

 

全力でペダルを漕ぎます。

なんとかゲリラ雲を振り切った気がして気分良く進んでると

なにやら変わった建物が。

播磨海浜水族館でした。

周囲は開けていて海の公園みたいになってます。

休憩がてら散策してみることに。

すると、なにやら赤い建物が見えます。

海に浮いてるブイのようですが、赤いタワー?

近くの看板を見ると

旧和田岬灯台とあります。灯台だったか。

すると、またもやポツポツと雨が当たってきました。

 

しつこいゲリラ雲め!

 

慌てて神戸に向かい走り出します。

今度はゲリラ雲も黙ってはいません。すごい速さで辺りが暗くなっていきます。

 

くぅぅっっ!!

 

背中に肌寒いものを感じ取ります。

ヤバイ!これはヤバイ!(出川の心境です)

慌ててコンビニに入ると

 

ドシャーーー!!!

 

今までにない激しい豪雨が降り出しました。

ギリセーフ。

なんとか濡れずに回避できたのですが、雨は一向に止む気配がありません。

天気予報では18時ぐらいに曇りマークが付いてるのですが、1時間以上待っても止みそうにありません(´・ω・`)

 

…ダメだなこりゃ

 

ホテルまでは3km弱。

走ることを諦めたオイラはコンビニで傘を買い、歩いてホテルを目指すことに。

普通に歩けば大したことのない距離なのですが、傘の下に濡れないようにカバンを入れ、Prestoを押しての移動です。

そして、時間は平日の帰宅時間。

帰宅していく人々が、もれなく変な視線を投げかけてくれます。

 

こうなってはスタイリッシュさの欠片もありません。

前にポタリングしたときに「オシャレ!」と言ってくれたオバちゃんが懐かしい。

 

ドロドロになりながら、なんとかホテルに到着。

Prestoを畳んでカバンに仕舞い、フロントに向かいます。

びちゃびちゃのドロドロでしたが、散々好奇の目に晒されてきたオイラにはもう怖いものはありません。

さっさとチェックインを済ませて部屋へ

 

今度はあらかじめ予約して来たのでいい部屋です!

それだけが救いか

ドロドロになった服を脱ぎ捨て、Prestoを乾燥させてからシャワーを浴び、その後少し放心状態でした(´・ω・`)

正気に返って時計を見ると、21時。

 

むぅ

 

そう、せっかく神戸に来たのだからディナーは神戸ビーフでしょ!と思っていたのですが、この時間では開いてるお店は殆どありません。

外を眺めると、雨がやんでいるように見えます。

とはいえ、お腹は減っているので、外に出て徘徊してみることにしました。

外は、金曜の夜なので、飲みに出てるサラリーマンでいっぱいです。

しばらく探すも、やっぱりやっている店はなく、しかたなく居酒屋へ。

すると、どこもいっぱいです。

 

もう無理!!

 

トボトボとホテルに戻ります。

すると、ホテルの前で吉野家が目に入りました。

 

えーい!神戸で食べれば吉野家だろうが神戸ビーフ!!

 

何だか訳がわからない理屈を付けて吉野家に飛び込みます。

その後、疲れ果てたオイラはホテルに帰り、すぐに眠ろうとすると、ドアをコンコンとノックする音が聞こえるではありませんか!

聞き間違いかな?

しばらくして、またコンコンとノックする音が聞こえます。

もちろん神戸に知り合いなんかいません。

無視してると、またもやコンコンと今度は少し大きめにノックしてきます。

 

怖っ!!

 

ホテルのフロントから何かあるのならインターホンで連絡してくるはず。

よくよく考えてみたら、このホテル2階にフロントがあるのですが、部屋まではフロントを通過しなくてもエレベーターで行ける作りです。

こりゃマッサージかなんかの売り込みの類だな。(帰宅後このことはホテルのレビューに記入済)

無視を決め込みそのまま爆睡しました。

 

明日の神戸はどうなることやら。。。

 

続く。

 

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脚注   [ + ]

1. 旧武藤家別邸洋館は1907年(明治40年)、実業家で衆議院議員も務めた武藤山治(1867年 – 1934年)の別邸として、舞子海岸の有栖川宮別邸(現舞子ビラ)近くに建設された木造二階建の円形バルコニー・スレート葺の屋根・下見板張りの外壁が特徴の洋館。大熊喜邦による設計は北野町の異人館と同じコロニアル様式を基礎にデザインされ、海側に広く張り出す円形ベランダを外観上の特徴としている。武藤山治逝去後の1937年(昭和12年)には鐘淵紡績に寄贈され、「鐘紡舞子倶楽部」と命名され企業の厚生施設として利用されることになる。

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